オモロ・トリガー

クロノ・トリガーはオモロい。だからオモロ・トリガー

リーダーの育成より、介護士の心身のケアが急務だと思うワケ

この記事を見て勢いで書いてしまった。

東京新聞:介護現場でのチームケア リーダー職の育成急務:暮らし(TOKYO Web)

介護の現場は辛いという話をよく聞く。

まぁ実際辛いところも多いんだけど、しっかりマネジメントすれば解決する問題も多々あると思うんだな。

はたして、今、介護の職場に求められるものとは何なのか?そもそも何がどう辛いというのか?

現場で経験を重ね、リーダー職の経験もある僕が解説しよう。

 まず、介護が大変だと言われる主な要因は次のようなことだ。

  1. 力仕事がきつい
  2. 夜勤がきつい
  3. 行事の準備がきつい
  4. 人間関係がきつい
  5. 待遇がきつい
  6. 高すぎる目標がきつい

1.力仕事がきつい

介護は体力勝負だ。足腰の立たない利用者さんの身体を支え、安全に移動させてやらねばならない。

そして、そのほとんどが排泄による移動だ。自力での排泄が不可能な人であっても、僕らの力を貸し出すことによって、半分自力、半分他力という状態でトイレに行くことができる。

しかし、もちろん僕ら介護職員が見ているのは一人や二人ではない。

利用者さんたちの足腰の粘りも千差万別。協力的な人ならまだましで、何もないところに座ろうとして体重をかけてくる人もいる。(もちろん本人は無意識だ)

50キロ前後ある人間の体重を支えているのは、はっきり言ってしんどい。

しんどいが、やっていることはトイレだ。トイレを我慢させることはできないから、1日に何回も力仕事が発生する。

2.夜勤がきつい

夜勤になると、基本は一人で全員を見なければならない。

夜勤の勤務時間は8時間から16時間。はっきり言って、夜中の16時間労働なんて人間のやることじゃない。

それでも、誰かがやらないと生活できない人たちが存在するのも事実。

彼らも自分の生活がかかっているのだから、いちいち遠慮なんてしていられない。

何度も何度も起きてはトイレをし、徘徊し、奇声もあげる。

力仕事に加えて、長時間労働による睡眠不足が過大なストレスを生む。これを何年も耐え抜くのはなかなかにヘビィだ。

3.行事の準備がきつい

ほぼ毎月のようにやってくる施設内行事。その内容の是非はともかく、必ずついてまわるのが事前準備と事後処理だ。

日々の業務に追われるなかで、これらの仕事を正規の労働時間におさめていくのは難しい。

もし可能とするなら、それは陰で何らかのサービスを省いているか、記録を盛るなどのズルをしているかだ。

企画書づくり、飾りつけ、ボランティアの段取りなどで、残業を繰り返すハメになる。

終わってからも、報告書の作成が必要で、気がつけばまた次の行事が間近に迫っている。

そんな状況でも、利用者からの訴えが止まることはない。

悲しいのは、真面目な介護職が多く、残業代の請求すらしないパターンが常態化しがちなところだ。

能力の有無ではなくて、そもそもできるはずのない業務量だと職員自身が知らねばならない。 

4.人間関係がきつい

介護の仕事は、日常生活の支援だ。

こういうと皆さんはどういった業務をイメージするだろうか?

具体的には次のようなことを毎日繰り返していくことになる。

  • 食事
  • 排泄
  • 入浴

そして、それらに関わるすべての身体的、精神的な活動だ。

要するに普通の家庭環境の再現を目指しているわけ。

それ自体は介護施設が目標とするひとつの理念なわけで、意義あることではある。

ところが、家庭環境を目指すとなると問題となるのは、職員同士の価値観の違いによる衝突だ。

なぜそうなるのか?普通の家庭をイメージして、ちょっと考えてみてほしい。

例えば極々普通の核家族(夫婦と子供が暮らす世帯)があるとして、子供は両親にとって養護すべき存在となる。

そして、未来に向けて様々な教育やしつけを実践するだろう。

しかし両親は当然、父と母の二人がいる。そして夫婦といえども、子供を思う価値観は決して同じものじゃあない。

介護施設に当てはめてみると、職員が両親であり、利用者が子供という関係になる。

高齢者と子供を一緒にするなんて、と思うかもしれないが、養護すべき存在という意味で、役割が同じということだ。

ともかく、このような環境が再現されたとき、当然そこで巻き起こる人間関係の難しさもセットでついてくる。

夫婦が離婚するように、職員同士もまたぶつかり合う。

利用者に対する世話のやり方で揉め、片付けや整理整頓など家事のやり方でも揉める。

普通の家庭で起こる揉め事の拡張版がそこにはある。

これが仕事の悩みなのか?と、介護の職場を経験したことのない方は思うだろうが、はっきり言ってこういもんである。

このような状況をおさめるのに、僕はリーダー研修が効果的とは思わない。

むしろ、リーダー研修によってさらに価値観の溝が拡がるのではないか、とすら思う。

家庭の揉め事をおさめるのに必要なのは思いやりや歩みよりであって、高い志や優れたリーダーシップではない。

5.待遇がきつい

これに関しては言うまでもない。もはや介護は低賃金の代名詞だ。

6.高すぎる目標がきつい

介護士は、利用者の生活の質が少しでも向上するようにと、些細なことから懸命に助太刀を致すのだ。

けれども、そういった努力が報われることはほとんどない。

医者でも治せない病気や加齢に伴う衰えがあるからこそ介護が必要なのに、僕ら介護士に求められるのはある意味それらの治癒だ。

  • 食べられない利用者に食べてもらう
  • 歩けない利用者に歩いてもらう
  • 眠れない利用者に寝てもらう
  • 自力で排泄できない利用者に自立を促す

すべては僕らの頑張りというより、利用者自身が頑張れるかどうかにかかっている。

できたりできなかったり、その日の精神状態などによっても違ってくる。

でも、介護士には常に高い目標が求められており、なぜできないのか?どうすればできるのか?いつもその答えを要求される。

リーダーが解決できることか?

介護士が不足していたり、離職率が高かったりするのは、以上のような大変さを日々感じながら、きつい業務に耐えているからだ。

それらの不満を根本的に解決できるのは誰なのか?少なくとも、リーダーではない。

リーダーも所詮労働者であって、それ以外の職員と特別に違いがあるわけではないし、他のみんなができないことは、リーダーにだってできない。 

今回述べてきた介護のキツさをいっぺんに解決できる人は他に存在する。それは誰なのか?

当然、経営者ってことになる。

適切な目標を随時設定して、業務体制の見直しを怠らなければ、いくらでも働きやすい環境は用意できる。

それがなぜ必要なのか?

それは、よりよい介護を提供するための本質的な要件は、働く職員のメンタル管理にあるからだ。

介護を提供する職員の心が満たされていて、幸せを感じていることが必要だ。

自分が幸せだからこそ、その幸せを目の前の高齢の方々に少しでもお裾分けしたいと思える。

高齢者の憂いや悲しみにも寄り添うことができる。

それは技術や知識の問題ではなく、心の問題だ。

だから、よりよい介護を提供するためには、従業員のケアから目を背けちゃならない。

ケアマネジメントは、従業員にだって必要ということだ。

まとめ

介護はしんどい。しんどいが解決策はある。それを解決できるのはリーダーではない。

よりよい介護を提供したいと思っているのは誰なのか?それは従業員ではなく、経営者のはずだ。

リーダーの育成と言えば聞こえはいいが、まずは自分が矢面に立って、現場の改善に努めるべきだ。

そして、介護の質の向上を目指すなら、まずは介護士の心が充実していなければならない。

つまり、よりよい介護の提供のためには、従業員に対するケアを真剣に考えることだ。

今急がれるのは、リーダーの育成ではなく介護士のケアマネジメントただひとつなのである。