オモロ・トリガー

クロノ・トリガーはオモロい。だからオモロ・トリガー

大人になるにつれて大事な才能を失っていく

真面目で厳しいオジサンより、チャラくて勢いのある若者の方がコワイ。

何がコワイって、この先、凄いことをやらかしそうな雰囲気がコワイのだ。

コワイと言いつつ、それは悪いことではなくて、むしろ、その若さや怖いもの知らずの勢いに対する憧れに近い。

そのような憧れが、僕に出来ないことをやってのけてしまう、先を越されてしまうという焦りや危機感を生み、要するにコワイと思ってしまうというワケだ。

一方、真面目で厳しいオジサンには、そういったコワサを感じることはない。

なぜかというと、そういう人たちの未来は簡単に予想出来てしまうからだ。

  1. 職場では真面目に仕事に取り組んで、順調に出世していくだろう。
  2. 資格の勉強も欠かさずに、たまに取りこぼすこともあるだろうが、最終的には必要とする資格を網羅するだろう。
  3. ゆくゆくは、それなりの職責を与えられ、座るべきイスに座っているだろう。

もう、すべてが予想の範疇だ。

だから、そういうオジサンたちにコワサは感じないし、憧れもない。

しかし、オジサンの中にも未来が予想できない勢いを持っている人もいる。

それはつまるところ、僕がコワサを感じているのは実際の年齢ではなく、心の若さということなんだと思う。

若い心を持ったオジサンは、仕事を遊びのように楽しんでいて、凄まじい行動力で日々を過ごしている。

朝から東京に飛んだと思ったら、昼には香川で仕事をしているような強烈な行動力とパワーを持っている。

そういうオジサンの原動力は、それをやって楽しいかどうか、面白いかどうかだ。

何かに没頭できるのは、心が若い証拠だ

何かひとつのことに没頭できることは、立派な才能だ。

そしてそれは、子供の頃には誰もが当たり前に持っていた能力なのに、大人になるにつれて失っていく。

実際、僕も子供の頃は自分がやりたいと思うことに無我夢中でハマっていた。

  • ハイパーヨーヨーにハマりすぎてお年玉の3万円を1日で消費したし、
  • ヒールリフティングがしたくて家の庭で日が暮れるまで練習したりもした。
  • 絵が上手になりたくてオリジナルのトレーディングカードを作ったこともある。

まぁアホみたいなエピソードだけど、子供らしい実に勢いのある日々を過ごしていたと思う。

色んなことに興味を持って、何かの見返りを求めることもなくただハマる。

こんな簡単なことが、今はできない。

  • それをやってなんの意味があるのか?
  • 誰かの役に立つのか?
  • 仕事や将来の生活につながることなのか?

そんな面白くもないことを考えてしまって、素直に没頭することができない。

要するに僕自身が、コワくないオジサンになってしまっているんだ。

今の僕には、トレーディングカードを自作するなんていう無駄な遊びは絶対にできない。

  • キャラクターのイラストを描いて、
  • 名前を決めて、
  • 能力を決める。

これ、今、出来る人いる?無理でしょ?こんな無駄なこと。

でも、子供の頃の僕はできた。自慢げに学校に持っていって、友達に披露したりもしていた。

黒歴史と言えば黒歴史だけど、僕はそういう気恥ずかしさよりも、子供の頃の自分の没頭力に関心するばかりだ。

今、僕は心のリハビリのつもりでゲームばかりやっている。

家に帰ったら仕事のことはきれいさっぱり忘れてしまって、流行りのゲームに没頭する。

楽しいと思うことに制限を課して将来のために努力するなんて、人生がもったいない。

職場にいる能天気な若者をバカに出来るか?

職場には色んな人がいるけど、一人くらいは、能天気でバカな若者がいたりはしないだろうか?

以前の僕は、そういう奴にキツくあたっていた。

それが一種の親心であり、本人のために必要なことだと思っていたからだ。

具体的には以下のようなことをしてきたのだけど、今にして思い返すと、本当に彼らには申し訳ないことをしたと思う。

  • 朝礼前に、今週のジャンプの感想を語り合っていた奴に冷たい視線を送り黙らせる。
  • 難しい問題を前にしてヘラヘラ笑っていた奴に、もっと真剣に考えろと一喝する。
  • 今日が何日何曜日かを即答できなかった奴に、それが頭に入っていないなんて仕事をする気があるのかと重箱の隅をつつく。

ひどい先輩もいたもんだと自分自身が哀れに思えてくる。

現実には、僕のように何も没頭することがない無能なオジサンよりも、ジャンプの感想を語り合える彼らの方が人生を楽しんでいるという点で優秀だったのかもしれない。

極端なことを言っているようで、最近の僕は本気でそう思っている。

しっかりと遊ぶことが出来る彼らは、まだまだ何かに没頭する能力を失っていないということだ。

能天気な若者はコワイ。将来何をしでかすか分からない、大きな可能性を秘めている。

僕もまた、若い心を取り戻し、人生を楽しんでやろうと思う次第である。